現代陰陽師の美術観察帖 f.f.f.

アートから遠く離れて

〜Far From Fine Art〜

美術館の外で、文化を読む。
呪術・戯画・マンガ・アニミズム・寺社仏閣・歴史・芸能・民俗学
彼方から本質へ──

マンガとアート境界線/交差点〈スーパーフラットの彼方に〉

マンガ“美術展”の原点!1990年「手塚治虫展」を辿る旅〜人間の生命の謎に挑む《火の鳥》へ

 2024年、国立新美術館で開催された《CLAMP展》の入場者数は24万8千人にのぼった。さらに遡れば、2012年の《ONE PIECE展》は実に51万人を動員した。いまや「マンガ展」は、美術館にとって強力なキラーコンテンツの一つとなった感がある。

 だが、こうした“マンガを美術館で見る”という光景の出発点が、いつどこで始まったのかをご存知だろうか?

 その元祖とも言えるのが1990年、東京国立近代美術館で開催された《手塚治虫展》である。この展覧会こそ、日本の公立美術館が初めて正面から「マンガ」に光を当てた歴史的な企画だった。

 昭和という時代が幕を閉じたわずか一ヶ月後、1989年2月、手塚治虫はこの世を去った。まさに“時代の終わり”と共に姿を消した偉大な作家。その偉業を美術館という場で再評価しようという企画は、異例のスピードで動き出し、わずか一年半後に実現することになる。

生まれた時からマンガ・アニメがあった──現代アート遍歴〈スーパーフラットの彼方に-1〉

 何かを描く、絵や創作することは、この日本という国では、学校ではなく、マンガとアニメの世界が担っていた。「描く」という行為のルールが、すでに暮らしの中にあった。

 戦後1945年から1952生まれの”団塊”と呼ばれる世代には、その影響はまだ「部分的」だった。だが昭和40年代、1965年以降に生まれた世代にとって、それはもう「空気」と化していた。
 彼らの想像力のベースに、すでに「線で描かれた世界」は焼きついている。戦後生まれ、とくに1960年代以降に生まれたアーティストは、誰もがマンガ・アニメ・イラスト・デザインの影響下で目覚め、誕生している事実からは逃れられない。

 ”1960年代以降に生まれた”日本の現代アートの作家では、中原浩大、太郎千恵藏、村上隆、ヤノベケンジ、西山美なコ、大岩オスカール、会田誠、小沢剛、やなぎみわ、森万里子…など挙げれば、どうだろうか。
 何かしら象徴イメージや、共通の領域が思い浮かべられるかもしれない。

非芸術としての岡本太郎──アートから遠ざかる者たち〈スーパーフラットの彼方に-2〉

 マンガ・アニメから、美術・ファインアートへ──そしてその後、広告・デザイン、雑誌・出版、テレビ・マスコミといった〈文化産業〉の回路へとスライドしていく道は、実のところ、「アーティストを志した者たち」のほぼすべてが辿る軌道でもあった。
 アートや芸術という言葉に魅かれて集まり、やがて「自分はアーティストではなかったのかもしれない」「時代やチャンスに恵まれなかった」「才能がない」と気づきながら、別の創造的領域に居場所を見出していく。この連鎖的な転向の原型を、最も早い時期に、極めて激しい形で体現していたのが、岡本太郎という人物だった。

 1970年の《太陽の塔》で国民的イメージを獲得した太郎はその後、活動の場をテレビへと広げる。そして美術界の主流から離れていく。客観的に言えば、当時、主流の日本画壇からは距離を置かれることとなった。
 テレビには出るが、画壇にはいない。美術界よりもバラエティの現場に親しまれていくその姿は、当時の批評家やアート関係者にとって、どこか“亜流”の芸術家のように映っていたのではないだろうか。

Artist Interview - アートて読み解くBT -Biz-Tube美術ちゅーぶ(動画 -Videos)

芸術はヘンでいい!永遠に描きかえてしまう画家・吉村宗浩〜鳴かず飛ばず50年!超個性派アーティスト

◆完成作をなぜ描きかえてしまうのか?

◆鳴かず飛ばずの画家50年〜独特のタッチの謎

◆なぜ人物を変なカタチでいびつに描いてしまうのか

◆格好つけているよりは、変な方がいい!

◆近くで見ると悲劇だが、遠くで見ると滑稽に

◆人間味とは、弱さと滑稽さ、可愛らしさ

▶︎吉村宗浩 (1961 -)画家。兵庫県神戸市在住。武蔵野美術大学造形学部油絵科卒業後、作家活動を続け50歳ごろ自身のスタイルを確立。「イラストレーション」 ザ・チョイスにて複数回、優秀賞・入選を果たす。「ポップで可愛い暗くて怖い」 時代や場所を超越する、その虚構性・演劇性が持ち味。神戸元町 歩歩琳堂画廊にて個展を開催を続けている。

【作品などのお問い合わせ】神戸元町 歩歩琳堂画廊→https://www.buburindou.com/

常識を捨てろ!いやしくあれ、思い込みを打ち破れ! 今井アレクサンドルに訊く

◆二流の悲劇・アーティストはどう生きるべきか?!

◆一日に百枚かいて、全部売り尽くす芸術家とは。      

◆どうすれば絵は売れるのか?売り込みはどうする!

◆常識を捨てろ!いやしくあれ、思い込みを打ち破れ!

◆アンフォルメル潮流を日本に引き込んだ父・今井俊満

◆絵描きは、金持ちのバカ息子でなければいけない?!

◆芸術家は資本家の言いなりになるべきではない 。

▶︎今井アレクサンドル(1959-)フランス・パリに生まれ。アンフォルメルを代表する画家・今井俊満を父に持つ。高校卒業後にイギリスに渡り、写真家デヴィド・ベイリーに師事。80年代よりライブペインティングや商業空間のディスプレイなどを担当。その後、独自の抽象表現を追求し、絵画を制作を続けている。

突破する男!よみがえる現代美術のスーパースター 京都出身パリ在住 芸術家・黒田アキの創造する生命の力

◆80歳を超え、今なお巨大作品の絵画制作を続行中!
◆2年前に初期脳梗塞と腹部大動脈瘤の手術を克服し活動する
◆ART OSAKA 2026会場でパリから帰国中の芸術家・黒田アキにインタビュー
◆フランスに渡り日本人の画力・表現力で突破した《藤田嗣治・今井俊満・黒田アキ》

▶︎ 黒田アキ(1944-)京都市生まれ、フランス・パリ在住の画家・芸術家。同志社大学文学部卒業後、フランスへ渡る。1980年、パリ国際ビエンナーレに出品。ピカソ、ミロ、ジャコメッティなどを扱う老舗画廊マーグギャラリーと契約。ヨーロッパ、アメリカ、日本を中心に個展を開催する。1980~90年代にパリで画家として活動中、作家マグリッド・デュラス、ジャック・デリタ、映画監督ヴィム・ヴェンダースらと親交を持つ。1993年、当時史上最年少で東京国立近代美術館、国立国際美術館で個展を開催する。2006年には、フランス芸術文化勲章(シェバリエ)受勲。2020年、京都市文化功労者。

◉作家・作品についてのお問合せは▶︎ Mori Yu Gallery(モリ・ユウ・ギャラリー) https://www.moriyu-gallery.com/

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ART心眼現代陰陽師の美術観察帖

”隠れ富士”知っていますか? 北斎ビッグ・ウェイブをめぐって──なぜ北斎は売れたのか

 荒れ狂う大波の奥に、小さく富士山の姿が見える。葛飾北斎(1760-1849)の代表作「冨嶽三十六景」のうち一枚、「神奈川沖浪裏」(かながわおきなみうら)である。

 北斎の名所絵「冨嶽三十六景」が、大ベストセラーになった背景には、江戸時代に大流行した、ある新興宗教の存在がある。それは当時、江戸を中心に全国的に伝わっていた新宗教の「富士講」である。
 民衆の間で、富士山に登ることや富士を拝むことが、当時、信じられていた強い民間信仰、修験道・山岳信仰の一つであった。

 ところが富士講は、公的には幕府から禁止されていた。それもあって、富士山が絵のどこかに描かれたこの浮世絵版画を多くの人がこぞって買い求めたのだ。


 その頃、版画印刷で大量生産が可能になり、安価で色付きの刷物が手に入れられるようになっていた。富士山が描かれた版画は、多くは縁起物の貼り絵、参拝の対象、密かな聖図像(イコン)でもあった。初発売予定だった三十六作品は、さらに十点が追加され全四十六景として発売されるほど、人気の浮世絵名所シリーズとなった。

名画に隠されたサイン・東山魁夷の色彩が映し出す運命のコード〜緑と群青の波動

 東山魁夷の色づかいは「東山ブルー」とも称され、藍銅鉱(らんこうどう)という鉱物を細かく砕いた岩絵具で「群青(ぐんじょう)」と呼ばれる、やや紫がかった深い青色。
 また《緑響く》(1982年)74歳の時の作品の表題通り、「緑響く」は繊細な緑色のグラデーションを評する形容として使われるほど、その深い緑色は絵を見る人々の眼をつかまえてきた。

 19世紀から20世紀初頭に活動したオーストリアの哲学者・神秘科学思想家のルドルフ・シュタイナーは、物質世界と霊的世界の統合的理解を目指す学問、人智学(アントロポゾフィー、Anthroposophy)の視点から、絵画や音楽などの芸術表現には、明確に霊的な意味があると説いている。 

緑は生命の死んだ姿として知覚できる。私たちの身の回りには、草木や樹々の葉といった「緑」があふれている。しかし、それらはただ単に生きているのではなく、死んだ地上の素材を組み込んでいる。つまり、緑は生命の終焉を示す色であると同時に、そこから新たな生命が芽吹く象徴でもある。》『色彩の本質』ルドルフ・シュタイナー/高橋巖・訳(イザラ書房)

 緑という色は、「生命の死んだ姿」、「命の終焉を示す色」であり、また、同時にそれは「新たな生命が芽吹く象徴」でもある。

杉本博司・修羅能〈巣鴨塚 ハルの便り〉〜アートで読み解く戦後ニッポンの欺瞞と空白

 写真は瞬間を固定するのではなく、むしろ「時間の残響」を写す装置である。写真家・杉本博司にとって、能作品〈巣鴨塚〉もまた、「歴史の残響」をどう聴き取るかという実験であった。能舞台は、時間を凝縮する場であり、亡霊が出現する場であった。そこに戦犯の霊を呼び出すことで、杉本は自らの時間芸術の延長を試みたのである。

 戦後八十年、私たちはなお「終戦」という言葉を使い続けている。しかしその言葉は、敗戦で失った本来の真意は塗り替えられ、戦勝国に対する非人道的な核兵器使用という重大な責任さえ曖昧にした。そして国民全体を忘却へと導いていった。

 能という形式は、言葉を極限まで削ぎ落とし、身振りと音楽で「残響」を残す芸能である。〈巣鴨塚〉における沈黙や間合いは、まさに戦後が抱え続けた沈黙そのものを映しているように思えた。
歴史を語ることは、単なる事実の列挙ではない。むしろ「語られなかった声」をどう聞き取るか、そこにこそ芸能や美術の役割がある。杉本が修羅能という形式を借りて描こうとしたのは、歴史の彼岸から響く「声なき声」であり、それは八十年後の私たちに届くためにこそ発せられたものだった。

ARTの心眼 ー現代陰陽師の美術観察帖ー

Critical Culture note Magazine

小特集・美術呪術の交差点

太陽の塔はなぜ聖地となったか〜6400万人を集めたパワースポット──万博とは何か? 祝祭、人類の臨界点

 1970年、日本が万博の舞台に立ったとき、世界はすでに高度経済成長と冷戦構造の只中にあった。人類が月面に到達し、人工衛星が飛び交う時代。テーマは「人類の進歩と調和」──あらゆる先端技術の粋が展示されただが、この万博は同時に、全く別種の「原始の声」を内包していた。

 それが、岡本太郎による《太陽の塔》である。中央広場に突如屹立したこの巨大な造形は、単なるモニュメントではなかった。その内部、地下空間にこそ、彼の思想は具現化されていた。「生命の樹」と名づけられた空間には、アフリカの仮面、南米の祈祷像、アジアの宗教遺物など、世界各地の“呪術的造形”が密集していた。

出雲大社はなぜ他の神道系神宮と違うのか〜出雲に迎えられること・争いと新時代の神スサノヲの到来〜

 出る雲。空の雲々が競り上がり、太陽を迎え入れる。西方に沈む陽を拝むとき、神々が出現する。極東日本の地で勤しむ仏道修行者しかり、修験・陰陽道においても西方浄土の現れが、この「出雲」という地名の命名に秘められている。


 稲佐の浜で、「御砂」として浜の砂をいただく厄除け、土地の清め、結界の意味を持つと伝えられる砂である。
 砂とは不思議な存在だ。岩が砕かれ、時間に磨かれ、粒になったもの。巨大なものの記憶が、掌に乗るほど細かくなっている。人の災いもまた、巨大な不安の塊ではなく、細かく砕いて流していくしかないのかもしれない。

その砂を持って、出雲大社最奥の素鵞社(そがのやしろ)へ向かう。賑わう拝殿周辺から少し離れ、奥へ進むと少し空気が変わる。観光地の時空がほどけ、古い祈りの層が濃くなる場所だ。

茶室とは本来こういう場だったのではないか〜おそらくは珠光・紹鴎・利休と受け継がれるまでは…

 現在の裏千家・表千家を筆頭に連なる「茶道」は、ある一面でしかなく、おそらく珠光、紹鴎、利休と受け継がれるまでは、こうした人間の持つ特性が扱われた”場”であったのではないか、と私は考えている。
 人の意識・心・思考の根底に眠る、無意識・潜在意識・氣の解放と調和が、みごとに統合される空間だったのではないかと…。
 だからこそ信長、秀吉と時の権力者、戦国武将最高峰の精神を、茶人・千利休は確実にグリップしていた。そのあまりにも強い影響力を持ったがために、その呪術は封じられた。利休は茶室という呪術空間を操った、安土桃山の新時代の陰陽師であった
 茶人呪術師・利休は、秀吉から切腹を命じられ、自害に至った。

【トークイベント出演情報】

2025年9月 神戸City Gallery2320
造形作家・玉本奈々さんとの動画▶︎

《トークイベント》 5/24(日)14:00~15:00

 清藤誠司 × 玉本奈々

清藤誠司(メディア・プロデューサー/美術ジャーナリスト)NHK「日曜美術館」などテレビ番組のディレクター・プロデューサーとして 制作に携わる。美術・文化分野での執筆や講演を行っている。

会場:自由空間 Art Step (兵庫県神戸市中央区中山手通1丁目5-10 3F)

5/24(日)イベント終了しました。ご来場いただきました皆様、ありがとうございました。次回、個展で続編トークも企画中です。

▶︎またお知らせいたします。

「昇華ー芸術家・玉本奈々の半生」出版記念 シリーズの展開

会期:2026年5月17日(日)〜24日(日)水曜日休廊

    12:00〜18:00(最終日は17:00)

会場:自由空間 Art Step

〒650-0004 神戸市中央区中山手通1丁目5-10 3F

アートから遠く離れて〜現代陰陽師の美術観察帖〜

陰陽師・運命鑑定家

清藤誠司

Seiji Kiyofuji

この媒体(Webメディア)は、美術を中心にしながらも、
私たちの周りに広がる本当の文化の地層を知るための観測情報マガジンである。

寺社仏閣、呪術、民俗、マンガ、アニメ、映画、都市、歴史。
一見ばらばらに見えるそれらは、同じ根から立ち上がっている。

作品は単体で存在しているのではない。
時代、社会、無意識、信仰、欲望。
その交差点として現れる。

本サイトでは、表層的な情報や評価ではなく、
その背後にある構造と精神の流れを読む。

遠く離れることで、見えてくるものがある。

【編集・主筆】清藤 誠司|セイジィ・キヨフジ

メディアディレクター/美術評論・作家/運命鑑定家・陰陽師

テレビ番組制作の現場を経て、
芸術、歴史、精神文化、サブカルチャーを横断的に考察。

言葉と映像で、時代の深層を読み解く。

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